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いつもと違う☆逆廻り [吉祥寺発]


歩いてこよう そう思うと 玉川上水のほとりを牟礼橋まで歩くことがほとんど。

なぜなら 未舗装の道が なが~く 続くところ 他にはない。

時間的理由などで短縮したい時などは 万助橋あたりから宮下橋まで行き 三鷹台の駅から

神田川沿いに井の頭公園までもどり 夕食のための買い物などに行く.......

でも 今日は ふと思いついて 初めて神田川から玉川上水と歩いたら

せんぜん 違う道みたい!!


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井の頭弁財天のもと鳥居・・ 明治初年の神仏分離令の際に撤去され、その後、神田上水の水門として
                  使われていた。 水門が使われなくなった今もそのまま残っている。


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神田川源流の案内板                水門橋がみえます、つけかえられて新しい。


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京王井の頭線は 束の間ですが 井の頭公園の中 走っています。


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肉眼では富士山見えるのですが。。。レンズには夕陽の光で 姿かくれてしまいます。。
牟礼の里公園の一番高いところで カメラを構えた男性3人
後5分もしたら きれいなのが撮れるよ と声をかけてくれました*^_^*V

黒い煙の煙突は 神明湯  露天風呂もある人気の銭湯らしいです。


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私のコンデジいっぱいの望遠で

デジイチほしいなあ!!  (ツカイコナセナイデショ)

夕陽につきあったお陰で すっかり陰った 井の頭公園にたどりつきました。




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谷中散歩(一)❁ 天王寺界隈  ❁ ☆史跡散歩Ⅲ☆  [史跡を訪ねて]

1月23日(土)

江戸歴史散歩の会に参加しました


日暮里駅→
紅葉坂→天王寺→花重(老舗花屋 国の登録文化財)→谷中霊園 
→パティシエ イナムラショウゾウ→浄名院→旧吉田屋→愛玉子(台湾のデザート)
→岡埜栄泉(焼き菓子)→SCAI THE BATHHOUSE→自性院→みかどパン→日本美術院
→瑞輪寺→西光寺→間間間(さんけんま)→小倉屋(3階建ての蔵)→功徳林寺→観音寺
→初音小路→谷中せんべい→中野屋 //昼食//谷中銀座→経王寺→養福寺→浄光寺
→諏方神社→富士見坂→六阿弥陀道→蛍坂→岡倉天心記念公園→全生庵→大円寺
→乱歩(喫茶店)→いせ辰→笑吉→藍染橋(枇杷橋)跡→へび道→元藍染川→根津神社
                                        →地下鉄根津駅解散



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日暮里駅南口は 待ち合わせのグループも多く混雑していました。
さすが京成の駅舎は 成田APに直結するせいか 新しいのですが
JRは 新旧 入り混じって 面白いですね。

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紅葉坂  かつては紅葉の名所だったそうですが‥   今日は 落ち葉が2枚 ^^


護国山天王寺

もと日蓮宗・長曜山感應寺尊重院と称していたが 元禄12年(1699)日蓮宗不受不施派は邪宗であるとして江戸幕府により弾圧を受け天台宗に改宗させられる。日蓮宗に戻そうという動きがあったため 天保4年(1833)現在の護国山天王寺と改号する。そして彰義隊の兵火により本坊、五重塔以外焼失。(--〆)

s-007.jpg近代的な山門s-010.jpg並んで江戸の薫り?
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継ぎ目のない 1本の木で作った横木(梁?)が並ぶ山門の天井  見た目より凝っています


山門前

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毘沙門堂(谷中七福神)              雪吊 江戸の雪吊は装飾的嗜好で作られたそうです


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銅像釈迦如来坐像 元禄3年(1690)建立
 日蓮宗感應寺(天王寺旧称)時代最終期に作られました。


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冬枯れの沙羅双樹



天王寺五重塔跡

最初の塔は、明和9年(1772)目黒行人坂の大火により焼失、その後寛政3年(1791)に再建された。
関東一の高さの五重塔であったが、明治41年東京市に寄贈された後、昭和32 年(1957)心中のための
放火で焼失した。



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白梅も咲き始め 風もない天気に誘われてか

谷中は 思ったより 人が多く 楽しそうに そろそろ ぞろぞろ 歩いていました。
               
大きなカメラを 持った人も多く 写真スポットとしての人気も 覗えた

天王寺から さくら通りを 長谷川一夫や高橋お伝の墓を 横目で見ながら

慶喜公墓所を目指します。 



徳川慶喜公墓所入口


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ご近所の 砦 [史跡を訪ねて]


牟礼砦

 いつも散歩している玉川上水から 100mちょっとしか離れて
 いないところに 《砦跡》 があったなんて ついこの間まで
 知りませんでした。
 その名を 牟礼砦 といいます。

 世田谷の烏山砦と同様に深大寺城(国指定史跡)の上杉氏に
 対峙する為に、小田原北條方の北條綱種(高橋氏)により築か
 れた砦です。
 砦跡の牟礼神明社境内は、この辺りでは一番の高台で
 仙川方面からも神田川方面からも 小高い丘となっています。 
 北西側の三鷹台駅前通りの切り通しは空堀の跡という見方もあるようです。
 三鷹台駅は神田川の縁にあるので ″名前に偽りあり″  一番低い所のようです。
 地名(&住居表示)として三鷹台はないようです。 
 牟礼は資料で確認される三鷹市で最も古い地名だそうです。
 現在 井の頭と住居表示されている町名も'65年までは牟礼だったので 
 今より広い地域が牟礼だったと思われます。
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牟礼神明社
 境内にある牟礼郷土史研究会による由緒書によると、天文六年(1537)綱種は、高番山(現在地)に
 陣内鎮護のために芝・飯倉神明宮のご分霊を勧請し祀ったとありました。
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井の頭弁財天への道標を兼ねて牟礼村の巳待講が建てた常夜灯  嘉永3年(1850)建立
以前は高井戸から連雀への道と井の頭道の分岐する角にあった(現在の牟礼2丁目交差点付近)
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巳待講 月待の一つであり古くから講中の作られていたことが伺われる。  蚕を飼っている人が秋季、巳の日の晩に集り掛軸を拝み、直会をした。巳の日は福神である弁財天の  縁日であり、弁財天信仰の盛んな地域は、近くの弁財天に参詣する。弁財天は仏教の天部の神が、  もと音楽の神のち財宝を与える福神として崇められたもので、中世になって急速に信仰を深め、とりわけ  真言宗寺院や修験が伝播、布教に関与した。十二真支の巳は蛇に対する信仰と関与し、弁財天との  習合に際しては巳=蛇は弁財天の使わしめだと考えられていた。一方、巳は脱皮、変成の思想があり、  巳の日には特別な厄払いの信仰があった。また、養蚕の盛んな土地では蚕を食べる鼠避けとして蛇神は養蚕 農家の守護神であった。

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牟礼の里公園  運が良ければ 富士が見れるというのですが。。
 牟礼神明社と同じ丘の一角ですので、かつては。。。と思われます。
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真冬だと 教えてあげて [吉祥寺発]

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昨日 突然 気がついたというか なぜ今まで気がつかなかったというか(--〆)
駅前の大通り 両側のヤナギ まだまだ青々としています
春一番早く芽吹いてもうすぐ桜が咲くよって教えてくれるはずなのに
未だに葉を落とさないで どうするのでしょう[ふらふら]

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井の頭公園のヤナギは 冬らしく葉を落としていました、ほっ[るんるん] 今年はなぜか 鳥が少なく感じます。

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数年前から 鯉もあまり見かけなくなりました。(お茶の水付近)

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子供の頃は 杉が茂り 昼も薄暗く 気味悪いぐらいでした。
70年代初めから まわりにビルやマンションが建ち 水脈を切ったらしく 公園の保水力が弱り
杉は1本も無くなったとのことです。お陰?で明るい公園になりました。
(玉川上水に近いところには、サワラやヒノキがあります)

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井の頭公園駅も過ぎて 公園の東端・神田川付近で 葉の落ちたヤナギとコサギ





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寒いですね。 [吉祥寺発]

今日711日ぶりで東京は冬日となったそうです。
(711日前って おととし[一昨年] の立春ごろ^^?)
1/5小寒から 東京は本当に【寒の入り】さむ~いです。

でも 来週火曜あたりから 徐々に暖かくなり 大寒は 大暖になると
気象予報士の森田さんが TBSのそらナビで 予報していました。
桜が咲く頃の気温になるということです。

[ひらめき]異常天候早期警戒情報 も出ているので ご注意くださいね(*^_^*)


冬日」とは一日の最低気温が0℃未満の日、「真冬日」は気温が一日中氷点下の日のことです。冬日、真冬日の統計値は「寒い期間の長さ」を表すのに便利な指標になります。(略) 実際、東京の真冬日は、1876年からの観測でたったの4日。しかも、4日とも1900年以前の明治時代に記録されたもので、20世紀には一日も現れていません。おそらく、この先もほとんど現れることはないでしょう。(略) そして、ついに1988年12月から1989年2月にかけては、観測史上初の「冬日が一日もない冬」が出現しました。東京の冬日ゼロは1993年と2004年、そして2007年にも現れていますが、今後はもっと当たり前のようになるかもしれません。  ‥森田正光『理不尽な気象』より


我が家の庭も 秋の花と 冬の花が 混在。 何時になったら 冬モードにと思っていましたが
やっと 冬らしくなりそうです。

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シュウカイドウ(秋海棠)  一昨年のムカゴを昨春に蒔いたもの。今朝の寒さで凍ったようです。
地植えの親株は11月ごろ地上部枯死しましたが。



寒中にもめげず
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ヤマホロシ               ラベンダー             ベニジオアークトティス(夏咲き?)

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プリムラ・メラコイデス        リナリア(姫金魚草)        スノードロップ

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ヒメツルソバ              パンジー               キルタンサス

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         クリスマスローズ




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